CD 「にんげんをかえせ」 

焼き場に立つ少年

I had never before witnessed the obvious military influence on the young until I watched this
boy bring his dead brother to a cremation site. He stood at attention, only the biting of his lower lip betraying his emotion. I wanted to go to him to comfort him, but I was afraid that if I did so, his strength would crumble.
Joseph R. O'Donnell. September 1945 

写真集 "Japan 1945 A U.S.Marine's Photographs from Ground Zero"
(Vanderbilt UniversityPress,2005)より

焼き場に立つ少年

1945年9月―佐世保から長崎に入った私は
小高い丘の上から下を眺めていました。
10歳くらいの少年が歩いて来るのが目に留まりました。
おんぶひもをたすきにかけて、幼子を背中にしょっています。
重大な目的を持ってこの焼き場にやってきたという強い意志が感じられます。
しかも足は裸足です。少年は焼き場のふちに、
5分か10分も立っていたでしょうか。
白いマスクの男たちがおもむろに近づき、
ゆっくりとおんぶ紐を解き始めました。
この時私は、背中の幼子がすでに死んでいるのに
初めて気づいたのです。
(中略)
まず幼い肉体が火に溶けるジューという音がしました。
それからまばゆいほどの炎がさっと舞い立ちました。
真っ赤な夕日のような炎は、
直立不動の少年のまだあどけない頬を赤く照らしました。
その時です、炎を食い入るように見つめる少年の唇に
血がにじんでいるのに気がついたのは。
少年があまりきつく唇を噛みしめているため、
唇の血は流れることもなく、ただ少年の下唇に赤くにじんでいました。
夕日のような炎が静まると、少年はくるりときびすを返し、
沈黙のまま焼き場を去っていきました。

Joseph R O'Donnell(インタビュー・文 上田勢子)
「写真が語る20世紀 目撃者」(1999年・朝日新聞社)より抜粋


ジョー・オダネル氏について

アメリカ南部テネシー州ナッシュビル在住。軍曹として第二次世界大戦に従軍後、1945年9月、占領軍のアメリカ空爆調査団の公式カメラマンとして訪日。およそ7ヶ月間、長崎や広島を歩き、日本と日本人の惨状を目の当たりにした。その後、ホワイトハウスのカメラマンとして、トルーマンからジョンソンまで4代にわたる大統領の元で写真を撮影。なかでも暗殺されたケネディの棺の前でジャクリーンが息子ジョンに「敬礼」させた写真は世界中に配信された。「焼き場の少年」をはじめとする日本の市民を撮影した彼のネガは、検閲を免れるためフィルム箱に納められオダネル氏のもとで保管されていた。

「ネガにうつった日本人に笑顔はなかった。幸せなんてどこにもなかった」(ジョー・オダネル)
「原爆の夏 遠い日の少年」(テレコムスタッフ、BS-i製作)より


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